膝いた50代のスポーツ日記!前十字靭帯なき膝と仲良くやっていくためのブログ!🏀

こんにちは!バスケ歴は約30年。現在はフルタイムでパートをしている50歳の主婦です。

普段の生活では、どちらかというと「聞き役」に回ることが多い私。自分のことを話す機会なんて滅多にありません。でも、心の中には「感じていること」や「挑戦したいこと」が実はいっぱいあるんです。

「よし、文章にしてみよう!」と思い立ってブログを始めてみました……が!

やってみると、これが本当に大変(笑)。

たったこれだけの文章を書くのに、書いては消し、消しては書き……気づけば30分以上が経過。先が思いやられますが、温かい目で見守っていただけたら嬉しいです。

1. 「家族にバレてはいけない」朝

とりあえず……今日も膝が痛いです!

昨日よりはマシですが、朝起きた瞬間から「イタタ……」と膝の機嫌を伺いながらパソコンの前に座っています。

これには明確な理由があるんです。

私の所属するバスケチームは20代から60代までいる楽しいチームなのですが、先日、いつもは15人以上集まる練習にたったの8人。

「50代の私も頑張らなきゃ!」という状況。

そりゃあ20代30代の子たちのスピードにはついていけません(泣)。それでも必死に、そして楽しく動き回ってしまいました。その時はアドレナリンが出ていて大丈夫だったのですが……翌朝、衝撃が走りました。

「……あ、ベッドから起きられない」

体中が痛い、特に膝が!(まーこんなのあるあるなんですが、はいやっぱり来ましたねって感じです。)

でも、家族に心配(というか呆れられてる?)されるわけにはいかないので、平気なフリをして、痛みをこらえながら階段を降りました。一日中「普通」を装って過ごし、今日ようやく少しマシになった……というのが今の私のリアルな状況です。

2. 衝撃の診断「こんなんでバスケやる人いませんよ」

私のバスケ人生は、小中高のバスケ三昧から始まりました。その後、短大行ったり海外行ったり、就職結婚を経て、下の子が保育園に入ったタイミングでパートを始めそこで出会った方の紹介で又バスケを復活、28歳の時でした。

それからの10年間は、とにかく必死。

超貧乏でバタバタ、ぐちゃぐちゃの日々でしたが若さバリバリで、とにかく毎日必死で楽しくやってたんです。

若いし、動けるし、試合とかとにかく全力でやるじゃないですか!

で、家では子育てとパートと家事ととにかく忙しい!まーやるだけやって、やりっぱなしですよ!

ストレッチもアフターケアも何ならウォーミングアップも適当!そりゃ膝やられますよね!

何度か膝の捻挫をくりかえして、接骨院通い、靭帯は大丈夫だよといわれてたんですが、とうとう生活するにも支障が出るぐらい痛い!膝が引っ掛かかる!そんな状況になり整形外科へ!

先生がこれはMRIとってしっかり見た方がいいねーってことで、その当時は大きな病院にしかMRIがなかったので、紹介状もらって検査へ!

で衝撃の事実が発覚!両膝の前十字靭帯が切れてますよ。多分半月板も切れてます。こんなんでバスケやる人いませんよ。とお医者様からお言葉を頂きました。
えっ、私、靭帯ないの!?

でも子供も小さいし、仕事もあるし、お金もないしとりあえず生活に支障が出ている片方の左足だけ手術をすることになりました。左足は手術のかいあり、リハビリ生活をゆっくりと経てそれなりに調子もよくなっていました。1.2年後にもう片方をやろうとしてましたが、その当時は手術後1か月近く入院が必要でそんなに入院出来なーい!無理!ってなりそのまま10年。

3. 「あほなんです」

人間って、ちょっと調子が良くなると、過去の都合の悪いことは忘れちゃう生き物なんですよね。

私も「なんで膝が切れたのか、思い出してみ?」と自分にツッコミたくなるほど、その後のケアを怠ってきました。「忙しい」を理由に、毎日を全力投球してきた結果がこの痛み。

はい、あほなんです(笑)。

でも、体は正直です。もう若さだけで膝を支えることはできません。

筋力もしょぼしょぼになって、「これはもう引退かな……」なんて思いながらもぼちぼち練習してました。

4. 新たなる挑戦のスタート

そんな時、ようやく転機が訪れました。

子供たちが大学を卒業したんです。

二人分の私立大学の学費を抱えていた頃に比べれば、心に少しだけ余裕が。

「もしかして、私……自分のためにジムに通えちゃう?」

そう思い立ったところから、私の「ジム通いライフ」がスタートすることになりました。

私の膝再生ストーリーと新たな挑戦について、これから少しずつ綴っていこうと思います。

次回の更新では、ジムに通い始めてからの変化についてお話ししますね!

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